CHAPTER 3
「あんたなんかいらない」


 明けて翌日、昼時の学食で、何やら見に纏わりつく視線と念。何が込められてるやら、ねちっこい。
 案外しつこい奴だったんだなぁ。

「で、どうすんの?」
「きっぱり引導渡すよ」
 目の前で興味を隠さない女子学生は一応あたしの友達だ。名前は灰山千薪。ちまき、と読む。親御さんは良いネーミングセンスしてる。同学年だけど彼女は一浪だからひとつ年上。同じタップダンスサークルの一年生だけど、千薪はホープであたしはヒラだ。ついこの間別れた元彼氏――高村圭も同サークルの有望株。だからちょっと困ったことになってるんだけど。
「いいの?」
「そりゃ出来ればサークルは辞めたくないけど」
 情けないことに、圭はまだ公私を分けられる程成熟してはいなかった。つまり今現在サークルの中での人間関係には大いに波風が立とうとしている。今のところは千薪など知っているわずかな人間しか気づいていないが、あの有様ではいずれサークル全体に波紋が広がるだろう。とてもじゃないがやっていられないと片方が悲鳴を上げる程にまで。
 どちらかが辞めるしかないなら、それはあたしの方だということくらい分かっている。圭はお母さんがダンスの先生だとかで3歳からダンスを仕込まれている。タップとは種類が違うが、その身体能力と応用力はあたしの比ではない。加えてこのサークルでは男子部員は貴重だ。そしてそれより何より、奴は先輩に受けがいい。甘えるのが上手い圭と、きつい性格でプライドが高く打ち解けにくいあたし(自覚はある)。どちらが惜しまれるかは言わずと知れている。

「でももう限界。絶交よ、すっぱり縁切ってやる」
「美馨は極端だからなぁ。でも一応2か月付き合ってたんでしょ? 好きじゃなかったの?」
「そりゃね。でも正直真剣な恋愛感情じゃなかった。向こうから告白してきて、外見も結構良いしダンスは巧いし悪い奴じゃなさそうだし、まあいいか、って感じだっただけ」
「うーわ、酷い。で、他に好きな人が出来たって振ったわけ」
「当然。他にどうしろって?」
 出来得る限り誠実な行動を取ったと思う。まさかそのままずるずると付き合い続けるわけにもいかないだろう。
「それなら最初告白された時に断っとけばよかったのに」
「じゃあ訊くけど、千薪は特に彼氏も好きな人もいない時に、見た目が良くて他にいくつかの面でポイント高い男に告白されてもノーって言うの?」
「それはイエスだなぁ」
「でしょ?」
 圭を気の毒だとは思う。だけど彼があたしを思うほどの想いをあたしが返せないからって、それはあたしの落ち度か? 否。少しは好きだった。だからOKした。でもその少しで満足出来ないならもう仕方が無い。さらにあたしはもうその少しすらなくなりそうだ。

 好きな人が出来た。彼を手に入れるために圭を切り捨てることが必要なら、あたしは迷わない。

「美馨の新たな想い人って、誰?」
「千薪の知らない人」
 圭も知らない。知らない方が良い。知ったら一発で引き下がるかもしれないが、それは出来ない。

「――圭!」

 こそこそこっちを窺っているヤツにいい加減我慢が切れたので、手招きして呼ぶ。期待と困惑をそのまま顔に出して圭は近付いて来た。
「そうやっていくら付き纏っても無駄よ。あたし達はもう別れたの」
「……僕はまだ納得してない」
「納得しようとしまいと、あたしはもう君に恋愛感情を抱けない。元々そんなもの殆ど無かった」
「美馨が好きなんだ!」
「そりゃどうもありがとう。でもあたしはその気持ちには応えられない。いい加減分かってくれない?」
「嫌だ」
「――餓鬼か、あんたは」
 腹が立ってきた。自分勝手はお互い様だ。だけどこの聞き分けの無さはどうにかならないのか。嫌だ嫌だと駄々を捏ねれば、あたしが絆されるとでも思っているのか。――まさか。
「出来れば君とは仲良くしていたかった。だけどね、別にあんたはあたしにとってどうしても必要な存在じゃないの」
 だから、これ以上あたしを不快にさせるなら、切り捨てる。
「でも……!」
「聞く気はない」
 遮って続ける。今は圭の気持ちを思いやるより、あたしの心の平穏の方が大切だ。
「悪いね。あたしの事憎んでも恨んでも結構。だけどこれだけは知っておいて、あたしは――」
 ――さあ、最後通牒だ。

「あんたなんかいらない」

 最初から、あたしが必要としているのはあの人だけ。


 乙女のように泣きそうな顔で走り去った圭を見送って、千薪が囁いた。
「……ちょっと酷くない?」
「じゃあ、他にどうしろって?」
 他の言い方では諦めなかった。今回だって聞き入れてくれるか分かったものじゃない。
 千薪は肩を竦めた。どうしようもないね、というのが彼女の答えだった。



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