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腹が減っては戦はできぬ。
――違った、朝ごはんはしっかり食べましょう。
佐倉桜16歳、ただいま若い男性の食欲というものに圧倒されております。
テントを出て数歩でディオさんはお倒れになられた。あわてて駆け寄ったら「(腹減った)」と、なんともお約束なおっしゃりよう。
お湯を沸かして玉子雑炊をふるまってあげた。お鍋は持ち歩いておくものだ。保存食って便利。
が、それだけでは足りなかったらしく(玉子雑炊、1パック2人前って書いてたんだけど)、鮭茶漬けもきのこリゾットもすでに消費された。背中からぶっすり貫かれたお腹のどこにそんなに入るの……?
怪我人に固形物はよくないかと思ったんだけど、お粥のたぐいの病人食はもう根こそぎ平らげられた。今はスパゲッティを小川の水で茹でている(ちゃんと5分間沸騰させてから麺入れたよ!)。茹であがったらソースどうしよう。トマトピューレの缶詰あったっけ。
そういえば、わたしだってもうほとんどまる1日何も食べてないんだけど……思い出したらお腹がなった。ぐきゅるるるる。
でも食欲ないなぁ……あ、だめだ、昨晩のあのスプラッタ思い出してしまった。お腹は空いてても、口のほうがとてもじゃないけど食べる気分じゃない。
でも、食べないとお父さんが眉間にしわ寄せるだろうなぁ。お母さんにいたっては拳が出るだろうな、生きてたら。これから何があるかわからないんだし、食べられるときに食べておかないと……しかたない。
あ、まずい、ザルがない。どうやって水切ろう。ネット袋でかわりになるかな。……なった。やった。
「はいどうぞ、召し上がれ。スパゲッティ・トマトソースです」
自分用にも取り分けて食べた。まぁ、悪くはないかな。非常食だもん、こんなもんだよね。
…………吐くな。
ボンゴレビアンコにしとけばよかった、何でトマトソース、連想するな考えるな思い出すな、戻すな! よし!
こんな死に物狂いでもの食べたの初めて……。胃がむかむかする。吐くなよー、わたし。
ディオさんが食べおわる前に、テントをたたんだ。何かやってないと思い出す。
……しかし本当によく食べる人だ。若い男の人ってみんなこうなんだろうか。わたしの使った食器、もう洗っとこ。……川で洗剤使うの気が引けるなぁ。まぁそんなに汚れてないし、水洗いでいいか。力入れてこすれば。がんばれスポンジ!
水を切ってふきんで拭く。タオル・ハンカチ類はいくらあっても困らない。そのままだとかなりかさばるけどね。圧縮袋の力は偉大だ。
――ずいっ、とからっぽの鍋が突き出された。わおっ。
「……グラティアス」
ありがとう、って意味だ。変換されて伝わった言葉のイメージは日本語の『ありがとう』よりかなりぶっきらぼうだけど、感謝の言葉なのは確か。
「あ、どういたしまして。もういいんですか?」
なぜか眉間にしわ寄せて頷かれた。よかった、これでおかわりとか言われたらさすがに困る。これから何があるかわからないから、食糧は貴重だもの。
洗い物をぱぱっと終わらせる。ディオさんは何やらその辺に散らばっていた荷物を物色していた。……それ、人の持ち物では?
「あの」
声をかけると振り向いた。振り向いてくれたはいいけど……何から訊こう。えっと。
「あの、何があったんですか? その、昨日ここで……」
「……」
「言いにくいことなのかもしれませんけど、わたし全然状況がわからなくて混乱してるんです。何があったか――どうしてあんな怪我なさってたのか、教えていただけませんか」
「……」
「……」
こっ、ここここ怖い。明らかに睨まれてるー! 沈黙が怖いぃ!
「……」
「……イッリー?(あいつらは?)」
「え?」
「(あいつらは、どうした)」
「……お気の毒ですが、わたしが見つけた時には、もう……。ご遺体は、お、狼、と、カラスがっ……!」
「(そりゃまた)」
「お、お友達だったんです、か?」
「(あん? まさか。一方的に襲ってきやがった、顔も知らねえよ)」
「えぇっ?」
脳内字幕の、スラングまで余すところなく訳す高性能っぷりに感心する余裕もない。今、何ておっしゃいました?
「ご、強盗ってことですか?」
「(目的は俺の命だったみてえだから、物盗りたぁ言えねえだろ)」
「ええええええ! なな何でそんな恐ろしいこと!」
「(知るか。応戦して、共倒れだ。……死に損なったがな)」
「何てこと…………大変な災難でしたね」
「(……そうでもねえがな)」
「え?」
「(日常茶飯事だ)」
「何ですってぇ!
待って、ちょっと待ってください。こんなことが常日頃から?」
「(まあな)」
「そんな物騒な! どうして、まさか今戦争中とか言わないでくださいよ」
「(違ぇよ。うるせえな、少し黙れ)」
だってだってだって、何事? 何でそんな危ないことが!
ディオさんは集めた荷物から新しい服を取り出して身につけ(仮にも女の子の目の前なんだけど)、他のものをまとめて背負い、最後に自分の背中に突き立っていた剣を拾い上げて布切れで一拭きすると腰に下げた。
「(ただの私怨だ。個人的にいくつか怨みを買っちまってるもんでな。首突っ込まねえほうが身のためだ。
これでいいだろ。一応、礼は言う。俺は行くぞ)」
「え。あ、待って!」
スーツケースが重いんだって、ばっ!
「待ってくださーい。わたし、全然道がわからないんですっ。あの、すみませんが、その、人のいるところにはどう行けば」
前方で、わたしに背を向けながら、ごくごく小さく吐き出された言葉でも、なぜか聞こえてしまった。
「(――勘弁してくれ)」