12
てくてくてくてく。
訂正、ざくざくざくざくがらごろがらごろがっごっがっこん。
沈黙の中、スーツケースの車輪が派手に鳴る。おかげで気まずさが六割増。
ついでに足痛い。足場の悪いところでスーツケースを引きずると足に何度も当たって、あぁ絶対これ痣になるなぁ。
歩きにくいよー。ジーンズにスニーカーといういでたちなのに、さっきからつまずいて転びかけたり滑ったり足首ひねりかけたり。
しかし道案内は待ってくれない。一泊一食一手当ての借りを返すということで、何とか人里まで連れて行ってもらえることにはなった。渋々、厭々、本当にしかたなく、って感じだったけど。
それにしても無口な人だ。さっきから一回も振り向かず歩みを止めず、黙々と歩いている。怪我人だったはずなんだけどなぁ、しっかりした足取りで。こっちは徹夜がたたってるのもあってけっこうへとへとなんだけど。
ああああああ、だめだ、無言が気まずい! 沈黙って不安を煽らない? 啼かぬならこっちが啼こうホトトギス、はい深呼吸!
「ディオさん」
ふと、ディオさんが足を止めた。
「ディオ?」
振り返る。
「(俺のことか?)」
――あ。
「あ、いえ、その」
ついぽろっと呼んでしまった。だって本名正確には発音しにくいんだもの、ええと――
「お名前はグラディオルスっておっしゃるんでしたよね!」
あぁあ、妙に大きな声を出してしまった、変な目で見られた。
「どう書くんですか?」
どんな文字が使われているか、知っておいたほうがきっといい。別に話をごまかそうとしているわけでは……あるかもしれない、少しは。ごめんなさいごめんなさい。
そんなわたしの内心を知ってか知らずか、ディオさんは眉をひそめて面倒くさそうに「(聞きゃ分かんだろ)」とのたまった。いえその、わからないから訊いたんですが。というかこの世界の文字体系自体知りません――とは、言えないしなぁ……。
黙っていると、ディオさんは軽くため息をついて木の小枝を折り、地面に書きつけた。
G L A D I O L V S
「あぁ!」
アルファベットなんだ! 思わず声を上げてしまった。ディオさんが怪訝そうな顔をしてこっちを見る。えーと、その。
「こう綴るんだ。きれいなお名前ですね!」
誤魔化してないわけじゃないけど、でもこれも本心。
「(綺麗?)」
「花の名前でしょ? わたしの国でも同じ名前で呼ぶんですよ。ちょっとなまってるけど、グラジオラスって」
「(花?)」
「はい、そうですよー」
いろんな色の品種がある、華やかな花だ。赤、紫、ピンク、オレンジ、黄色、白もあったかな? 花言葉は『密会』。昔、人目を忍ぶ必要のあった恋人たちはグラジオラスを送って花の本数で逢引の時刻を伝えたというロマンチックな言い伝えもある。学校の花壇にも咲いていた。というか咲かせた。一人きりの園芸部員の特権。色が鮮やかだから派手に咲き誇ってたなー、あのグラジオラス。
「あれ、でもじゃあ……」
最後から二番目の文字を見る。Vにしか見えないんだけど――
「じゃあこれ、Uなんですね」
Vの下に大文字でUと書いてみた。「(何が? 変わんねぇだろうが)」と言われた。まぁね、手書きだとはっきり書き分けられないこともあるもんね。
……気のせいか、なんだか睨まれているような。いや違う、別に睨まれてるんじゃなくてもともと目つきが悪――ではなく! 単に生来眼光が鋭いだけなんだろうけど……でも落ち着かない。睨まれてなくても凝視されてる。訂正、落ち着かないんじゃなくて心臓が飛び跳ねそうです、蛇に睨まれたカエルです。ごめんなさいぃ! 何だかわからないけど全面的にごめんなさいー!
「あの、ですね! せっかくのお名前なのに、もったいないことにわたしはうまく発音できないので。不愉快でなければディオさんと略してお呼びしてもいいでしょうか」
「……」
「……」
「……」
沈黙がものすごく気詰まりだ。うわぁぁぁ。
「……あの……」
「(……勝手にしろ)」
「え?」
すたすた、と踵を返して再び歩き出す。あれ? え?
慌てて追いかけた。許可、もらえたんだよね? ほっと息を吐いた。
「ありがとうございます!」
よし、旅は道連れ世は情け。こうでなくっちゃね!