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 他愛もない会話をしながら、というよりわたしが一方的に話しかけてはぶっきらぼうな返答をもらいながら歩いていると、突然ディオさんの眉間の皺が深くなった。舌打ちしてあたりを見回し、「――!」わたしを見て何やら悪態を吐いた。たぶん放送禁止用語にカテゴライズされる類の言葉。聞かなかったことにしよう。
「どうしたんですか?」
「ヴェニュンッ(来やがった)」
 誰が、と訊く前に何やらこっちに向かってくる音が聞こえた。車輪の音と……ぱからん、ぱからん、って感じの音。

 ……あらま。馬車だ。

 すごい、生で見るの初めて。あと馬が別に数頭と、その上に乗ってる人が数人。あっという間に囲まれてしまった。え? え? 何? 誰?
 やだ、怖い。だってどう見ても友好的な感じじゃないもん。ディオさんもぴりぴりして……じゃない、はっきり殺気立ってるー!

 馬車から男の人が降りてきた。金髪で若くて健康的で身なりもよくて、なかなかのハンサムさん。ディオさんを見てにやっと笑った。

「(よう。やーっと見つけたぜ)」
「(――てめえか、ルキウス)」
「(御主人さまと呼びやがれ、てめえ自分の立場いい加減に理解しろよ)」

 わぁ険悪な雰囲気! 何これぇ?

「(逃げてどうしようってんだ、グラディオルス。当てもねえくせに。俺のとこ以上の好待遇はそうそうないぜ? 分かってんだろ?)」
「(知るかよ)」

「(――その女は?)」
 ――へ? わたし……のことだよね、これはやっぱり。
「(知らねえよ)」
 ルキウスとディオさんが呼んでいた人はわたしに向き直った。視線が……肌がぴりぴりする。
「(――さて、お嬢さん。ここいらどころか未だかつて見掛けたことのねえ顔だが、どこから来た?)」
「えーと……どこからというか、そもそもここはどこでしょう……? うちから近いところなんでしょうか、もしかしてはるか遠くまで来ちゃったんでしょうか」
 どっちかといえばたぶん後者だろうなぁ。
「(おいおい、迷子か?)」
 笑われたー! 失礼な!
 違います、と言いかけて――ぜんぜん違わないことに気づいた。迷子。まいご。16にもなって迷子。な、なんだか精神的ダメージが大きい言葉だ。
「(外国人だな?)」
 その通りなので頷く。――? なんだか空気に緊張が走ったような?
「(『エレナ』の顔立ちじゃねえが……国はどこだ。ヘラスか?)」
「いいえ? どこですか、その国」

「(グラディオルス。この女どこで拾ってきた。まさか東か?)」
「(森の中。ここから少し歩いた場所だ)」
「(あっちか?)」
 ルキウスさんが、わたし達が来た方向を指差し、ディオさんが頷いた。揺れる金髪の下で一瞬険しい表情が作られた。

 が、それはほんとに一瞬のことで、ルキウスさんはまたすぐディオさんに向き直った。

「(おまえもつくづく懲りねえ奴だな。契約違反だ、脱走の報いは受けてもらおうか。俺としてもこんなことはやりたくねえんだが、懲罰なしじゃ他の奴らに示しがつかないんでね)」

 ――何、あれ。あのルキウスって人がお取り巻きの一人から受け取ったのは……実物を見るのはこれが初めてだけど、あれは……!

 ディオさんはいつのまにか両側から取り押さえられていた。ルキウスさんの右手が宙に上がり、ひゅっと空を切る音がする。

「だめ!」

 バチン!

「痛ぁ!」

 右、肩が……背中が、焼ける……!

 バランスを失ってその場にへたり込んだ。――鞭。ムチで打たれたのなんて人生初だ。


「(何……やってんだ、てめえ……)」
 ディオさんがどこか呆然として訊いてきた。うーわー、呆れられてる? へらっと笑って「大丈夫ですか?」と尋ねると……あ、だめだ、笑ってごまかすのは失敗みたい。回れ右っ。

「暴力反対!」

 こちらも何だか驚いたような呆れたような顔をしているルキウスさんに向かって叫んだ。

「せっかく人が救急箱の中身ほとんど空にして手当てしたんですから、そんな文字通り怪我人に鞭打つようなまねやめてください! ムチ打ちになったらどうしてくれるんですか」

 身体髪膚親ニ賜リ敢テ之ヲ毀傷セザルヲ以テ孝ノ始メト為ス。

 お母さんによく復唱・書写させられた孔子の八徳の筆頭が頭に浮かんだ。さらに悪いことに悲しげに眉をひそめるお父さんの顔まで浮かんだ。――ごめんなさいっ! お父さんお母さん、桜は今思いっきり自分から凶器の前に飛び出してしまいました。親からもらった身体を傷つけてごめんなさいー!

「(どきな、お嬢さん。そいつは俺の奴隷だ、何をしようと他人が首突っ込むことじゃねえ)」
「人道上これが黙って見過ごせますか。人に暴力をふるう権利なんて誰にもありません。まして相手は怪我人ですよ」
「(大した慈愛だな。そんな化け物相手に)」
「……人に暴言を吐く権利も、誰にもありません」
「(俺はそいつの主人なんだが)」
「たとえ親でも認められるわけないでしょう」

 にらみ合う。怖い。でも負けるもんか、おせっかいだろうとよけいなお世話だろうと関係ない。ここで背を向けたら、わたしはお父さんに顔向けできない。

「(――てめえら! グラディオルスを馬車に乗せろ。このお嬢さんもだ。帰ってじっくり処遇を考える必要がありそうだ)」
「え? きゃあっ!」
 いきなり担ぎ上げられて、有無を言わさず幌の中に放り込まれる。

 やだ、冗談、これもしかしなくても誘拐!
 何でこうなるの、というかどうなるの! えぇえ! 待ってぇぇえ!




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